蒸発潜熱とは:理論と推算法を徹底解説

化学工学
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概要

蒸発潜熱は、物質が液体から気体に相転移する際に必要なエネルギーを表す重要な物理量です。

特に、活量係数モデルを使って気液平衡を計算する場合に、蒸発潜熱の推算が不可欠です。

活量係数モデルは、気液平衡計算において使用頻度が高いため、設計者は蒸発潜熱の推算法を理解しておく必要があります。

また、同様に融解(固体が液体に変わる過程)や昇華(固体が直接気体に変わる過程)もエネルギーを必要としますが、化学プラントでは固体の扱いが少ないため、蒸発に関する計算が主流です。

この記事では、蒸発潜熱の基本理論や計算方法、実務で役立つ推算法について詳しく解説します。

蒸発潜熱の基礎理論

蒸発潜熱(latent heat of vaporization)は、物質が液体から気体に相変わらず、温度変化なしに発生するエネルギーのことです。

これは単位質量あたりの熱量として定義され、多くの場合、kcal/kgJ/molなどの単位で表されます。

例:打ち水で涼しくなる理由

日常的な例として、打ち水が挙げられます。

水が地面に蒸発するとき、蒸発潜熱分のエネルギーが周囲から奪われます。

これにより、周囲の温度が低下し、涼しく感じるわけです。これは、蒸発潜熱によって物質が周囲から熱を奪う自然な現象です。

蒸発潜熱が重要な理由

蒸発潜熱は、伝熱や化学プロセスにおいて非常に重要な物理量です。

なぜなら、蒸発という相変化が起こる過程で、エネルギーの移動が生じるためです。

このプロセスを適切に理解し計算することで、以下のような状況で役立ちます。

1. 伝熱計算における役割

蒸発潜熱は、伝熱装置(特に蒸発器や凝縮器)の設計時に欠かせません。

液体を気体に変化させる際に必要な熱エネルギーを計算することで、適切な伝熱面積や使用する熱媒体の流量を決定できます。

2. プロセスシミュレーションでの重要性

多くの化学プロセスでは、物質の蒸発や凝縮が工程の一部として組み込まれています。

例えば、蒸留や蒸発乾燥などのプロセスでは、蒸発潜熱の計算が欠かせません。

正確な蒸発潜熱を使用することで、プロセスの効率を向上させることができます。

3. 気液平衡計算における使用

特に活量係数モデルを使った気液平衡の計算において、蒸発潜熱は必須です。

気液平衡計算モデルは、多くのプロセスシミュレーションソフトで使用されており、特定の圧力や温度条件でどれだけのエネルギーが必要かを正確に見積もるためには、蒸発潜熱の値を知っておくことが重要です。

蒸発潜熱の実測値

以下に、主要な物質の標準沸点における蒸発潜熱を示します。

この表を参考に、蒸発潜熱の推算時に大まかなオーダー感を持っておくと、単位換算ミスなどを防ぐことができます。

物質沸点[℃]蒸発潜熱[kcal/kg]
アルゴン-185.738.94
臭素58.944.79
一酸化炭素-191.351.52
二酸化炭素-78.390.48
塩素-34.369.64
フッ素-18841.07
水素-252.6106.6
100538.55
過酸化水素150.2321.9
臭化水素-66.952.01
塩化水素-84.9105.76
ヘリウム-268.794.95
ヨウ素184.539.3
窒素-195.647.43
ヒドラジン113.7301.91
一酸化二窒素-88.389.57
アンモニア-33.3327.3
一酸化窒素-151.6109.86
二酸化窒素21.398.97
ネオン-24620.52
酸素-182.850.84
二酸化硫黄-1093
三酸化硫黄45127.94

水の蒸発潜熱(約540 kcal/kg)は特に有名で、実務においてもよく計算に使用されます。

蒸発潜熱の推算法

1. クラウジウス・クラペイロンの式

クラウジウス・クラペイロンの式は、物質の蒸気圧と温度の関係を利用して、蒸発潜熱を推算する方法です。

この式は次のように表されます。

$$
\frac{dP}{dT} = \frac{L}{T(V_g – V_l)}
$$

ここで、

  • \( P\ ) :蒸気圧
  • \( T \) :絶対温度 [K]
  • \( L \) :蒸発潜熱
  • \( V_g \) :気体の体積
  • \( V_l \) :液体の体積

クラウジウス・クラペイロンの式は、物質の蒸気圧データが得られている場合に非常に有効です。

物質の蒸気圧と温度の関係から蒸発潜熱を求めることが可能です。

2. トラウトンの法則

トラウトンの法則は、標準沸点( \( T_b \) )と標準沸点における蒸発潜熱( \( L_b \) )の間に成り立つ経験則です。

この法則を用いて、物質のモル蒸発潜熱を推算することができます。

$$
L_b ≒ 21 \times T_b
$$

ここで

  • \( L_b \) :標準沸点における蒸発潜熱 [cal/mol]
  • \( T_b \) :標準沸点 [K]

トラウトンの法則は、分子量が比較的大きく、極性が小さい物質に対して適用できる場合が多いです。

例:シクロプロパンの蒸発潜熱

シクロプロパンの標準沸点は240.4 Kです。この値をTroutonの法則に代入すると、

$$
L_b ≒ 21 \times 240.4 = 5048.4 \text{cal/mol} ≒ 120.2 \text{kcal/kg}
$$

実測値は113.8 kcal/kgであり、かなり近い値が得られます。

3. 蒸気圧による推算法

蒸気圧が既知の場合、次の式を使って蒸発潜熱を推算できます。

  • 無極性液体の場合:

$$
L_T = 23.61 \times (P_T)^{-0.119}
$$

  • 極性液体の場合:

$$
L_T = 27.98 \times (P_T)^{-0.105}
$$

ここで、

  • \( L_T \) :蒸発潜熱 [cal/mol]
  • \( P_T \) :温度Tにおける 蒸気圧[mmHg]
  • 適用範囲:約2000 mmHgまで

例:パラキシレンの蒸発潜熱(50℃)

50℃におけるパラキシレンの蒸気圧は31 mmHgです。

パラキシレンは無極性液体のため、以下のように計算します。

$$
L_T = (50 + 273.15) \times 23.61 \times (31)^{-0.119} ≒ 10084 \text{cal/mol}
$$

実測値は9760 cal/molであり、ほぼ一致しています。

4. ワトソン式

ワトソン式は、臨界点までの範囲で蒸発潜熱を推算するための経験的な式です。

次のように表されます。

$$
L_T = L_{T_{\text{ref}}} \left( \frac{1 – T/T_c}{1 – T_{\text{ref}}/T_c} \right)^{0.38}
$$

ここで、

  • \( L_T \) :温度 \( T \) での蒸発潜熱
  • \( L_{T_{\text{ref}}} \) :参照温度 \(T_{\text{ref}}\) での蒸発潜熱
  • \( T_c \) :臨界温度
  • \( T \) :温度 [K]

この式は、物質の蒸発潜熱が臨界温度に近づくにつれて小さくなる傾向を捉えており、広い温度範囲で使用できます。

例:シクロプロパンの蒸発潜熱(50℃)

シクロプロパンの標準沸点240.4Kにおける蒸発潜熱は113.8 kcal/kgで、臨界温度は397.8Kです。

この値をWatson式に代入すると、

$$
L_2 = 113.8 \times \left( \frac{1 – (273.15+50)/397.8}{1 – 240.4/397.8} \right)^{0.38} ≒ 85.71 \text{kcal/kg}
$$

実測値86.1 kcal/kgとほぼ一致しています。

実務での蒸発潜熱の使用例

蒸発潜熱は、様々な化学プロセスや設備で利用されています。

以下はその代表的な例です。

1. 蒸留塔

蒸留塔では、混合液体から成分を分離する際に蒸発と凝縮が繰り返されます。

蒸発潜熱を考慮して適切な熱供給を行うことで、効率的な成分分離が可能となります。

2. 蒸発乾燥器

蒸発乾燥器では、液体を蒸発させて固体を残すため、蒸発潜熱が非常に重要です。

正確な蒸発潜熱の計算に基づいて、必要な熱エネルギーを供給することで、乾燥工程を最適化できます。

3. 冷却塔

冷却塔では、液体(水)が蒸発する際に周囲の空気から熱を吸収します。

蒸発潜熱の理解と計算は、冷却能力を適切に評価するために欠かせません。

まとめ

蒸発潜熱は、物質が液体から気体に変わる際に吸収するエネルギーであり、特に伝熱計算や気液平衡の計算において重要です。

本記事では、蒸発潜熱の理論から、具体的な推算法や実測値について解説しました。正確な推算方法を理解することで、設計やシミュレーションの精度を向上させることが可能です。

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